プロフィール
このホームページの作者はこんな人
名前 長谷川瑞穂 (はせがわみずほ)
出身 静岡県浜松市
現住所 ミシガン州アナーバー市
誕生日 11月8日(さそり座)
仕事 医学研究、ミシガン大学大学院生(MSW)将来はセラピスト(心理カウンセラー)。
趣味 あみぐるみ、クラフティング、ダンス、音楽活動、お菓子作り、動物好き、オウムを飼う
資格 日本の薬剤師、アメリカ調剤師、メディカルトランスレーター、UI/UXデザイナーなど
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アメリカ永住者の立場から
大学2年の時に初めてアメリカに来た、3週間のホームステイ。初めての海外旅行だった。その時、またいつかアメリカに戻ってきたいと思った。結局、2005年、大学院を卒業してすぐアメリカに来た。すごくエキサイティングだったけど、実際には英語もしゃべれず、文化の違いも大きく、慣れるまではかなりたいへんだった。最初の1か月は鬱になりかけていて、日本に帰りたくて仕方がなかった。3ヶ月くらいしてやっとなんとか慣れてきた。半年くらいして落ち着き、そして、そのうち、会話サークルやボランティアやダンス・・・など、アメリカの活動に参加するようになった。
最初はまだずっとアメリカにいるかどうかは決めていなかった。気に入ったら残ってもいいなと思っていたくらい。3~4年して、日本に帰るなら今だな、と思いどっちにするか悩んだ末、やっぱりアメリカにいたいと思った。もちろん、アメリカのすべてがいいわけじゃない。それどころか、英語や文化、移民としての扱いを考えると、いい考えではないかもしれない。日本のほうがいいこともいっぱいある。でも、私は日本にいてどうも他の人とは外れていて、うまくやっていけてなかった。アメリカのほうがあっていると感じる。
そうと決めたら、英語もなんとかしなきゃいけない、と思いやっと勉強を始めた。7年して、グリーンカードをとることを決意し、弁護士を雇って申請を始めた。1年ほどして、ついに永住権をゲット!グリーンカードを取って11年後、2025年アメリカ人になることを決意。
私のアメリカ生活は現在進行中。困難も多々あると思うけど、がんばって、楽しんでいきたい。
研究者の立場から
研究者になりたいと思ったのは高校の時くらいかな。その頃は、研究者なんてどんなものなのかもわからなかったし、ただなんとなくあこがれてたというか実験が好きだったというかその程度?思えば子供の頃から理系だった、理科の成績だけは悪かった覚えがない。小学校の頃はよく虫を捕まえて遊んでいた(虫虐待?)。中学の頃は昼休みになると仲良しの理科の先生と実験室に行って遊んでいた(何やっていたのだろう)。高校のクラブは化学部に入っていた(でも帰宅部)。大学に入って初めて生物を習ってすごく感動してはまり、将来は生物の研究をやろうと思った。このころ偶然メールで、お師匠さん(お偉い研究者)に出会った。予定通り修士に進んだが、もう研究はやめようとめげかける(挫折?)でもなんとかいろんな励ましで復活し博士課程へ。ここではきびし~い?須田先生のもとで研究。研究はかなり大変でほとんど研究室で生活していたけど楽しかった。しかもなんと、大学1年のときに出会ったお師匠さんの影響を受けてお師匠さんと同じような興味を持って研究をし、お師匠さんと共同研究することに。そして大学院を修了後、ついにお師匠さんのもとへ。
20年以上アメリカで研究し、研究成果も出したが、研究に疲れたので他の仕事をしたいと思い、研究に終止符を打つことにした。
セラピストの立場から
子供のころからメンタルに問題があったんだけど、あの頃は精神疾患って表立ってなくて、気づかずに性格の問題だと思って苦しみながらも過ごしていた。アメリカに来てから、他人に、治療したほうがいいよって言われて、そうなの?って思いながらセラピーのドアをたたいたのが始まり。それからずーっと、たくさんのセラピストにあったけど、特に今のセラピストにすごく助けられて、人生が変わった。そして、メンタルヘルスやセラピーにすごく興味を持つようになり、セラピストになりたいと思うようになった。研究者からセラピストって全然違うけど、やりたいことをやりたい。私みたいな人を助けたい。この年になって、2025年、再度アメリカの大学院へ。まだインターンシップやトレーニングなど、独り立ちには遠いけど、私もいいセラピストになりたい。
あみぐるみショップオーナーの立場から
2014年ころ、いきなりあみぐるみが作りたくなって始めた、笑。編み物は子供のころしていたけど、もうずっとしていなかったから、どうやって編むのかもすっかり忘れていた。だから本を見て一から学習。何個か編んだら慣れてきて、自分でもデザインできるようになり、いろんな動物を編んで、人にプレゼントしていた。みんなに才能ある―!って言われて、売ったら?と提案されたので、Etsy(オンライン)で売ることに。また、アーティサンマーケットで露店を出した。作るのに時間がかかるから、たくさんは売れないけど、みんなにかわいい―と言ってもらって、手に取ってもらえるのはとてもうれしい。これからもいろんな作品を作って、もっとたくさんの人たちに送り届けたい。
UI/UX デザイナーの立場から
研究以外のことをしたいと思い、もともとホームページとかに興味があったから、コミュニティカレッジに入ってウェブデザインの勉強をした。プラグラミングそのものよりUI/UXデザインに興味が出て、ユーザーフレンドリーなサイトを作成するための研究やデザインを学んだ。卒業後、UI/UXデザインのボランティアをして経験を積みながら、仕事を探したが断念。その一方で、メンタルヘルスの興味も併せて、自分でアプリを作りたいと思い、これまで学んだことを生かして、デザインから設計まですべで自分でした。WellCompassというスタートアップをつくり、2つのアプリをアップル、グーグルに発表。ユーザー10K以上。まだまだ改善してもっといいのを作りたいと思っている。
鳥飼の立場から
物心ついたころからずっと鳥を飼っている。最初は、文鳥、セキセイインコ、そして、コザクラインコ。手からえさを与えて育てて手乗りにしたり、言葉をしゃべったり。いっぱい飼っていたけど、放し飼いにしていたから、逃げて行っちゃったのも多かった。アメリカに来てから、オカメインコ(Cocatiel)をお迎え。でも、鳥飼の欲は止まらず。世界一頭がいい鳥のAlexの話を知ってから、ヨウム(African Gray Parrot)が欲しくて。でも、なかなか売っていないし、すごく高くてなかなかお迎えできなかった。しかし最近、ついにブリーダーを見つけて、ヨウムのGriffinをお迎えした。頭はいいし、すごく慣れていて、いつでも私といたがる。かわいい~。その後、シロハラインコ(caique)もお迎え。3羽のお母さん、笑。とても楽しいけど、やんちゃなおこちゃまたちにたまに手を焼いている。Youtubeチャンネル”Feather Channel”も立ち上げて、我が子を紹介しているよ。
ダンサーの立場から
ダンスを始めたのは2010年の夏。アメリカ人の友達に誘われて大学のswing danceクラブへ。それまでダンスなんてしようと考えたこともなかったんだけど、すぐにハマって、それから毎週クラスに行くようになった。1年くらいしてから、クラスだけじゃなくてsocial danceで踊るようにもなってさらに楽しくなった。パートナーはいなかったけど、いろんな人たちと踊るのはすごく楽しい。それから他のダンスにも興味が出てきて、今度はタンゴのクラスにも。その直後にサルサもやってみたくなって、サルサのクラスにも。週3日ダンス。また別の友達に誘われて、コントラダンス、スクエアダンスにもちょくちょく行った。ダンスを始めて2年くらいたったら自信も付いてきて、パフォーマンス(Swing dance)に出たり、屋外で知らない人たちの前で踊ったりするようにもなった。その頃から今度はBallroom danceクラブにも入って、他にもfoxtrot、チャチャ、ワルツ、ハッスル、、、といろんなダンスを習い中。その後、ダンスシアターというところでダンスクラスを取って、コンテンポラリーダンスを始め、バレイも少し習った。まだ上手じゃないけど、とにかくダンスは最高!そして、ズンバにもはまっている。
ドラマーの立場から
ドラムを始めたのは大学院の時で、理由もないけど突然バンドをやりたくなって始めた。その頃はとくにZARDにはまっていたので、ZARDのコピーバンドをやろうと思ってメンバーを募集した。メンバー募集は楽器屋さんに張り出したり、雑誌に投稿したりして一般募集をした。当時のメンバーはみんなZARDファンでボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの5人編成。バンド名は「Fountain」。泉という意味。ZARDの坂井泉水からとったもの。メンバー全員初心者だった。楽譜も読めない状態から始めて、楽器屋さんのスタッフに教えてもらい、励ましてもらいながら練習した。スタッフの方々ととても仲が良くなって、時間を延長して練習させてもらって店の裏口から帰ったこともよくある。おかげで結成3ヵ月でライブもした。それと同時にファンクラブも結成した(会員は最終的に100人弱)。2ヶ月に1回会報も出していた。ライブは小さなものから大きなものまであわせて5回ほどした。スタッフに無理して大会の予選を通してもらったこともある。2年経ってメンバーのひとりが県外に行ってしまったのでとりあえずFountainは解散した。
そのあと一部のメンバーと新しいメンバーを加えて「パイナップル・パフェ」を結成。このバンドではメンバーが足りなくてメンバーもよく入れ替わって、あまり活動できなかったが、倉木麻衣、IWiSH、大塚愛、ロードオブメジャーなどいろんな流行の曲をやった。2回ライブし、自分で作詞作曲したオリジナル曲も発表した。同時にたくさんのバンド友達ができたが、私の留学のため一時活動休止。
アメリカに行っても機会があればバンドをやりたい。
詩人の立場から
初めて詩を書いたなあと思うのは中学1年のとき。そのとき詩を書くのが好きな友達がいて「こうかんにっき」ならぬ「こうかんし(?)」をやって毎回ノートに詩を書いて交換していた。中学卒業後はあまり書かなくなっちゃったけど、ぼちぼち書いて今は曲もつけている。ZARDのファンクラブ会報には何度か投稿して掲載された。このホームページにある「みちしるべ」と「またこの場所で会おう」は会報に掲載されたもの。大好きなZARDの会報だったのでうれしかったよ。
そういえば、微妙に同人誌(東大生中心のサークル)にも参加していた。ちょっと雰囲気が違うので、ここには載せてないけど。
今は「詞集メモ帳」を持ち歩いていていい言葉に出会ったときに書き留めるようにしている。人に「どんな気持ちでこんなのを書くの?」とか「本当にあった話?」と聞かれるけど、詩のとおりの出来事は実際存在しないよ。でも、いろんなときの出来事を組み合わせていたりはするかなあ。恋愛の詩とかも本当は友達とか周りの人たちのことを書いていていたりするんだけど、読む人が読めば恋愛のように思えたりとか、人それぞれの解釈ができるようなものを書けたらいいなあと思ってる。詩を読んでみんな元気になってがんばろうって思えるようなものを書きたいな。
